ありがとうございました! 『ブラウンノイズ』無事終了いたしましてイロイロと思うのでございます。

無事に終了いたしました。
ご来場くださいました皆様、本当にありがとうございました。
客席から外れて、カフェのほうから見る席になってしまったお客様、
本当に申し訳ございません。ありがとうございました。

うっかり早く出産したらどうしようかと思いましたが、
なんとか最後まで怪我もなく無事に終えることが出来ました。
ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

我らがおじいちゃ・・・いえ、お世話になっている小堀さんが、

「俺は、30年以上もこの世界で編集者をやっているけど、
 臨月の役者が舞台に立ってるのは初めて観たよ」

と、言うてはりました。

役者の皆様、出口さんの経験上からのアドヴァイスをひとつ。

臨月でも出来る。
だが、やはり8か月までがベスト。

だそうです。
臨月になると、赤ちゃんが下に降りてくるらしくてだいぶオモイタイんですって。
そして、骨盤が開いてくるので腰が痛いお母さんたちも多いようです。
幸い、出口さんはもともと骨盤が開いているらしく腰痛というものが
全くないのでスイスイ動けたそうでございます。

9月6日金曜日。
ぞろぞろと役者さんたちが集まりだします。
店の前の喫煙所でタバコを吸っていた桜子さんが、あるものを発見しました。

「なぁ、あれ・・・堀江くんちゃう?」

26号線をはさんだ向かい側。
そこには驚異の88円リサイクルショップがございます。
そこに、いそいそと堀江くんが入店していく姿が!
しかも、買い物かごをおばさま抱えにして!
本当にいそいそと。

そして、またいそいそとお会計をすまし、


足取り軽やかに、can tutkuへとやってきました。


88円ショップでお買い物を済ませて本番に挑む堀江勇気。



これが88円!
と自慢げな堀江勇気30歳。
他にも大きなリュックもお買い上げ。
店内すべてのものが88円。
彼は店内を見渡して、頬に両手をあてて、思わずこう叫んだそうです。

「やだぁー!」

そして、「これいただくわ」とか言いながら買い物かごに商品をぶち込む。

おかしいな。。。男前やのに。
こんなおばちゃんみたいな子やったかしら。。。

さて。
カフェは18時に閉店いたします。
そこから本番の準備に入ります。
役者さんもお手伝いいただき、座布団を並べて椅子を並べて、
受付ののぞみさんがパンフを用意し、
小道具をプリセットして、
それはものの10分で終わり、
18時30分から稽古をして、
そして19時に開場いたします。
そんな月曜日から金曜日でございました。
ワタクシはやっぱりお祭りのお芝居ではなくて、
日常の中のお芝居がやりたいのでございます。
当たり前のように芝居をする。
朝起きて、歯を磨くのと同じように芝居をする。
ご飯を食べるのと同じように芝居をする。
電車に乗るのと同じように芝居をする。

歯磨かないと困るし、ご飯食べないと困るし、電車に乗れないと困るのと同じように。

芝居をしないと困る。

そういう毎日。

『ブラウンノイズ』は、4人の作家さんに短編をお願いするところから始まりました。
集中した稽古場。
ひとつ提示をすると、それを何倍も膨らまして考える役者さんばかりなので、
とにかく楽しかったのです。
ThinkとTry。
それが交互にある稽古場は素敵です。

ワタクシ、「こども」という生き物に全く興味がございませんでした。
子ども好きな方がを見ると、この方たちは心が優しいか、
もしくはいい人にでも見られたいのかしら、とかひどいことを思っておりました。
それが姉上の出産に立ち会ってから一変いたしました。
そして分かったこがひとつ。
ああ、ワタクシは人間というものをちゃんと考えてなかったから
子どもが好きじゃなかったんだなと、思いましたの。
姪と甥が成長していくのを見て、これは血の繋がった人間だからこんなにも
かわいいと思うものなのかしらと考えていましたが、そういうわけでもなく。
それからは子どもにえらい興味をそそられます。

その目は何を見ているんだろうか。

命がそこにある、と思えば。
極悪非道な冷血漢や常識ハズレじゃないかぎり、
その命の輝きに驚くだろうし、祝福する。
たぶん、それが通常の人間だと思う。
まさか妊婦を目の前にして、

「わー、これからの世界ってもう放射能やら税金やら地震やら、ちょっと太刀打ちできなさそうですけど創っちゃったんですかー?なんか無責任ですねー。先送りが大得意な人間たちって、やっぱ次の子孫を残して彼らに問題を押し付けるんですねー」

とか、言わない。

常識ってものに乗っ取って、「おめでとう」と言葉にする。
その命の芽生え、誕生に心から畏敬と感動を持ちながら、
同じくらい真剣に、私たちはいつか来る「別れ」のことも考えているのだ。
母親との別れなのか、生と死なのか、地球との別れなのか、国との別れなのか。
それは生まれ出たそれぞれによる。
生まれたから何かとは必ず別れるんだろう。
作家のひとりの宮沢さんからお手紙をもらって、そこには、

「長男が生まれた時、泣いた」

と書いてありました。
生まれたことに感動しただけではなく、
宮沢さんは、子どもに「生」を創っただけではなく、

「僕は、この子に、死まで創ってしまったんだと思った」

と書かれてあった。

生まれたら死ぬ。
当たり前だ。
当たり前田のクラッカーとか言いたくなるくらいアタリマエ。
こんなにアタリマエのことが書かれてある。
アタリマエなのに46億年かかっても説明できない。
だから私はひたすら考えるのだ。
どこから来て、
どこへ行くのか。
なぜ。
当たり前の生命活動の中に、

「なぜ、わたしが」

いるのだろうか。

なぜ、あなたが。

いるんだろうか。

だからどうすべきだ、とか。
だから一生懸命生きなきゃ、とか。
だから自殺しちゃだめだ、とか。
言わないし思わない。
そんなことは他人に言われなくても、
たぶん生まれるあの瞬間にすべて私たちは分かっているのだと思う。
生まれてから死ぬまでの、
人によっては、長いか、短いか、
それぞれの人生の中で、
一番つらく苦しいのは、生まれてくる時なんだろうと思う。
陣痛に苦しむお母さん以上に、胎児は激痛を通ってやってくる。
あの苦しみを抜け、母親と切り離される苦痛や不安に比べれば、
この世界なんて大したことでもない。
生まれたからには、最大の苦痛を味わっているんだ。
最大の苦痛を知っているから、この世界でなんとか生きている。
あの時の、必死さと賢明さで這い出てきたことを覚えているから、
なんとか今も生きている。
「生まれる」という行動をした自分を誇っていいと誰もが無意識に思っているはず。
それぞれひとりひとりは、誇れるはずなのに。
誇れない世界の現実はこれいかに。
それが一番の、私たちの問題。




出口弥生嬢はこれから出産に向けて、入院の準備をし産休に入ります。
復帰は来年3月20日の彩雲リーディングだそうです。
え、マジで?








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