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2013年9月18日水曜日

生まれてからまだ8日目。出口ここね。

島根から車で大阪に戻りまして、出口さん宅にお邪魔いたしました。
そうです!
乗客ゼロがいるのです!
出口ここねさん、まだ0歳!
 
 
 
ふっさふさの豊かな髪の毛。

 
ちっちゃな足の爪!



人差し指ぎゅっっっ!

はぁはぁします。
棚瀬さん家のえりなさんも、出口さん家のここねさんも。
かわいくて、はぁはぁします。
不思議だなぁ。不思議すぎて何時間見ていても飽きません。
不思議なことに、ワタクシは“はじめまして”の感覚がありませんでした。
ずっと前から知っているみたいです。
実際、知っているんですが。
お腹の中で、ぐにゅぐにゅ動いている頃から知っております。

この子、ラブミーテンダーを歌うと泣き止みます。
『七面鳥は大雨に溺れる』のテーマソングでした。
まだ6ヶ月の頃、聞こえていたのでしょうか。
そして、「ガタンゴトン」と電車の音を言うと、これまた泣き止みます。
じっと聞くのです。
生まれる4日前まで、お腹の中で聞いていたのでしょうか。
はい。この子、9月6日の『ブラウンノイズ』の本番が終わってから4日後に生まれました。
予定日よりも2週間近く早まりましてよ。
早くこっちに来たくなっちゃったのでしょうか。
ここねさんは、出口弥生さんと宮川国剛くんで創られている。
半分ずつで創られている。
だけど、ここねさんは、出口ここね、という個人なのです。
なに、この不思議。

出産を経験した出口さんがこんなことを言いました。

「母性はない。でも、本能はある」

だそうです。
出口さんが出産する時に、同じようにあと2人、出産した妊婦さんがいらっしゃったそうです。
そして出口さんもいれたこの妊婦3人、産むときに同じようなことを叫んだそうです。

「産ませて!」

または、

「産みたい!」

そして、

「産む!」

もう、体が“産むしかねぇ”と叫ぶんだそうです。
出口さんはそれを、「母性ではなく、本能」だと思ったそうです。

半分は“私”で創られているけれど、決して“私”ではない。
出口ここねが、“わたし”と思うこれは、いったいどこからやってくるのでしょうか。
いつ、“わたし”と思うんだろうか。
小さな爪を見ると、こんなものを誰が設計しているんだろうかと思うのです。
細胞はひとつで、それが手になったり、足になったり、爪になったり、
それはどんなプログラムなんだろうか。
意識さえもプログラムされているんだろうか。
プラグラム、と考えること自体がきっと何か違うんだろうか。
興味と不思議。
そんなに不思議なら、アンタ自分で産みなと言われますが、
これまた不思議で、こんなに興味があるのにワタクシ、
子どもが欲しいという欲望が全くないからおかしなことでございますよ。
自分でも不思議でびっくりいたします。
生物学上でいうならば、
子どもを持たないキャリアウーマンの多くは姪か甥を溺愛しているそうでございますよ。
それは、持たなかったから溺愛するのではないらしいんですね。
自分の姉妹、つまり自分のコピーが子どもを産むとですね、
女性の体は、「自分が産んだ」と錯覚するんだそうです。
つまり生物としての役割を終えたと体が勘違いをする。
自分のコピーの子どもを、自分の子どもと思いこむ。
ゆえに。
溺愛する。
自分の子どもだから。
生物学上だから、それが人間の真実ではないでしょうが、当てはまる自分がいたりする。
しかしワタクシ、キャリアウーマンではございませんしね。
当てはまらないこともあったりする。
人間のあれやこれやは、学術的に説明できるもんでもないでしょうから、
それもこれも巡り合いでございます。
縁あって親子になるんでございます。

ワタクシは人間としてものすごくノロマでございますからね、
もしかしたら70歳くらになったら突然、
「子どもを創るのだ!」
とか言い出すかもしれません。
その時は、おせーよ、と突っ込んでください。

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